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ふるさと探訪(30) 天祭(6)

北組南部天祭の日天の掛軸

今も盛んな北組南部の祭り

 

 下岡本と言えば、八内八門九堂(やうちやもんここのどう)と呼ばれるように、由緒が古く、町内でも早くから集落のできた所としてあげることができます。

 

 内とつく小字が多く畳内(たたみうち)・喜瀬地内(きせちうち)・針竹内(はりたけうち)などがあります。

 

 この北組南部にも天棚があり現在でも天祭が行われています。

 

 

 

 戦後、昭和22年(1947)、23年(1948)には復員祝として、また最近では昭和49年(1974)に行われたばかりです。よその地区では天棚の組立てや、お囃子(はやし)ができないなどの理由で行なわれませんが、ここでは笛、太鼓、鉦(かね)などのお囃子の愛好者がたくさんいるので大変都合よいそうです。

 

 当地の天棚の由来について、彫刻年代は、寛政年間(1789〜1801)頃だそうです。近在から柳の大木を集め、庄屋五月女家裏の寺屋敷で製作の仕事が進められたが、途中諸事情により、製作も中断されたが、やむなく鬼怒川向うの板戸でその後の仕上げをなし、当地に運ばれたという話があります。

(つづく)

 

昭和54年(1979)2月20日 第109号掲載

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