旧部雷神社
中岡本申内(ざるうち)の小字旧部にある神社です。旧部という地名は、古い地名で、昔、宇都宮氏一族の菩提寺として、宇都宮城内に置かれていた給田(きゅうでん)(中世に領主から一向寺へ給与された田圃)4町歩(4ha)があり、そのために給部(旧部)の地名が残ったのです。旧部は毎年その田圃(たんぼ)から収穫した米(年貢)を一向寺へ納入していたのです。
この地には岡本筋大庄屋(おかもとすじおおしょうや)の新屋敷が台地に作られました。宝永2年(1705)2月のことです。しかし4月1日に雷火により焼失、その時の炭や灰を埋めた上へ雷神社を建てました。それ以来、毎年旧4月1日は雷神社のお祭りの日となったのです。この行事は昭和10年(1930)頃まで続けられました。雷神様のお祭りをすることで、家々の安全を祈ったのでしょう。
当日は旧部の人達が、集会所でもあった観音堂へ集り、お日待をした後、孟宗竹(もうそうだけ)にしつらえた梵天を捧げ、高学年を中心に旧部中を一軒毎に梵天を揉みました。家々からは小銭や菓子が上げられました。
供え物は平等に分け合いました。また、親指程の青作2本に入れて供えられたお酒は子供も飲んで良く、おいしいものでした。参道の両側には四角の紙灯ろうも沢山かかげられました。
平成3年(1991)9月20日 第260号掲載