脇(わき)本陣とは、大名行列などが本陣のみでは収容しきれなかったり、また本陣に支障などのある場合に備えられたものを言います。奥州街道には、各宿に本陣・脇本陣各一を配したとあります。
白沢宿では上岡本庄屋福田家が脇本陣にあてられました。
慶長14年(1609)3月、白沢町割りとなっていることから、このころ宿内に移転したものと考えられます。
江戸時代の末期、福田家に上瓦谷庄屋より鶴右衛門と言う人が入婿したと言われます。また明治9年(1876)6月、明治天皇東北巡行の折、白沢宿脇本陣にて休憩されました。その際当家に植えられていた芍薬(しゃくやく)の花を親しく御観覧になったと言われております。
その後脇本陣は絶えてしまいました。
昭和58年(1983)9月20日 第164号掲載