直径30mの円墳で、6世紀半ばから後半に築造されたものと推定されます。
現在は明治19年(1886)の旧東北本線の敷設により削り取れ、一見前方後円墳のように見えます。
この一帯は川沿[かわぞい]古墳群と呼ばれ大小の墳丘[ふんきゅう]が13塚あったと言われている。
古墳からは貴重な埋蔵品が発掘されいる。その一部が現在、東京国立博物館に収蔵されている。
【史跡(町)昭和59年6月1日指定】 河内ふるさと探訪より
高龗神は、古くから雨を司る龍神として信仰があり、高は山や峰などを指し、龗は雨を司る神とされている。
この古墳に眠る地方豪族と高龗神が結びつき、地域の信仰を集めた。
高龗神社古墳の墳丘上に高龗神社があります。
この地方は山田川を中心に中小の河川が集まり、田川に合流する肥沃な土地として、古くから稲作が行われていた。
轡(くつわ)東京国立博物館所蔵